10代の頃は根っからの隠の者だったので善悪の区別もそんなについてなくてWinnyってソフトを使えば何でも無料で手に入る!くらいの若いノリで色々ダウンロードをしてたり企業のホームページにイタズラする方法だとかブラクラの作り方とかアフェリエイト?稼げる!すげー!おー本当だーおれって天才!みたいな感じで本当の天才たちが構築したインターネットの恩恵を受けてるだけのユーザがそれを知らずに何か出来てる気がして誰かと何かを比べて何らかの優越感を感じてたりしてた隠の者でした。

これっていわゆる皆さんにもある(だろう)黒歴史というやつで、それをあえてここで消化することで、何だろうね41歳というかもうすぐ42歳になる、もう27年前になる過去の自分に対して「おーおー若けぇなー」って言ってやりながら、こうして結婚も出来て子供も出来て金も家もクリアした、ものの音絢ちゃん(赤ちゃん)の世話とか嫁からのブチ切れクレーム謝罪とかで休日が全く無いのは何故?って悲しみながらも、こうして深夜1時に皆が寝静まった時に酒を飲みながら思いつくままにタイピングを出来るおれ!ふぅあう!

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そんな自分も、様々な元カノ達に支えられながら成長して(?)友達もそれなりに出来て(?)大学を経て社会人になったものの、やはり社会というものに溶け込むにはあまりにその壁は高く、挫折を味わいながら自分の中でのストレス発散をどこに向けるかを課題としながらももう一度社会に迎合するにはを考えながら行動しながら昔俳優になると意気込んでた時に学んだ「自分」と「その映画やドラマで生きてるキャラクター」を完全に分けるみたいな教えを思い出しながら人間というものを改めて考えてこういう風な行動をするとこういう風な結果になるんだとか一つ一つ確認しながらゲーム感覚で話したり話された内容を分析しつつ、よくわからないけど統計的にこういう人はこうだとかこういう時にはこういうことを言うべきだを一つ一つ確かめながら、ああ、サイコパスの人とかもそういう風にしてるんだろうなーって思いながら色んな職種や業種を行ったり来たりしながら、自分の天職を考えた結果が、やっぱりHackerだということです。

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例えば、いわゆるハンティング(Blue側ね)と呼ばれる仕事をしていた時は、暈して言うと社内で悪いことをしてる人を、こーいつはやばそうって目をつけながらログを漁ってエビデンスを集めて通報する。

ヤケに苛立った外国人の人がそいつを連れていって一件落着みたいな、冒頭の「人の極度な喜怒哀楽に触れれる時」に戻るけれどもそういったいわゆるクライマックスシーンを見れるのがこれのやりがいに気付いたのは割と最近の話し。結局人が極度な喜怒哀楽を示すのはその人の人生というかこの先の未来に酷く影響を及ぼすって時が多く、そういう瞬間やそういう瞬間を弾く為に必死になる瞬間を見るのが、割と自分の生きがいというかに気づいたのです。

とはいえ、あいも変わらずやはり人の喜怒哀楽に触れる時をこれからも楽しんで?っていうのもさすがに未熟だろって話しで、守るべきものもできた自分としては、もう既に自分は自分だけのものではなくて自分と人の関係性イコール自分ってことにも気付いてきていて、とどのつまりは自分と自分の半径何メートルか(家族や友達)は自分の痛覚なので大事にしないとダメってことにも気づいているわけです。

これは心理学の話しなんですが、なんか実際に振られた痛みは骨折の痛みに相当する(Naomi I. Eisenberger)って話しがあるというのは有名な話しですよね。

何だろうか、今めっちゃニュースでやってる京都は南丹市の11歳の子殺害事件に関してうちら夫婦(と、みんなねw)が釘付けなのはやはりそういうことだと思うよね。

何が言いたいかっていうとつまりは、人の不幸はそれが他人ならば「わくわく」的に済ませれるけど、自分の半径何メートルかでそれが起こるとイコール自分が死ってことですわ。

そうなるといくら鈍感な自分でも気付くのが、人に不快感を与えるのは、たとえそれが仕事でも(仕事なんて自分が金を得る自己満足の手段でしかない)、よくないなーと思う訳です。

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と、いう訳で(毎度長げぇよ!笑)、最近の専らの醍醐味は、AI Hackingです。笑

っっっというところで眠くなってきたんご。